「飲めるフライドポテト」の開発が望まれる昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか。
ニコリスタッフの(焼)です。

今回は「額に肉の字事件」の最終回でございます。

○バックナンバー
第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回
第12回
第13回
第14回
番外編

===================
前回までのあらすじ
密男とライオンのレースは、密男の勝利で幕を閉じたかのように見えた。しかし、密男が鍵をかけるよりも先にライオンは屋敷の中に入り込んでいた。はたしてライオンはどのようなトリックで、屋敷に侵入したのだろうか…。
===================

密男は、ライオンが屋敷の中に侵入したトリックを考えていた。これからライオンに食べられてしまう宿命からは逃れられないが、せめてこの謎だけでも解き明かしたい、と密男は思ったのだ。

密男は思考を巡らす。

――レースが始まる前、屋敷の出入り口は、裏口と正面玄関の2カ所を除いてすべて施錠されていた。順当に考えればそのどちらかのルートでライオンが侵入したものと思われる。
まず、ライオンが裏口から入ったとは考えにくい。レース中、オラが正面玄関の扉を開ける直前までライオンが追いかけてきていたのは実際目にしている。その段階からライオンが裏口まで戻り、屋敷の中を通ってまた正面玄関まで来て、オラの背後に現れるというのは、時間的に見てまず不可能だろう。
では、正面玄関だろうか? しかし、オラはそもそも正面玄関の扉から屋敷の中に入った。このとき横をライオンが一緒に通ったり、後からついてきたりしたらさすがに気づく。屋敷に入った後、オラは迅速に扉を閉じた。ライオンが入り込む余地はなさそうだ。
ではそれ以外の出入り口は? レース中にどこかの出入り口を、オラとライオン以外の第三者が開けたという可能性はあるだろうか。だが、ライオンにおびえていたヤキコさんやオサオさんやナジオさんがそれをすることはないはずだし、外部の協力者とライオンが接触した様子もない…。そうなると一体…。

思考の袋小路に入ってしまった密男が、ふと正面玄関のじゅうたんに目を落とすと、そこには爪跡のようなものがあった。ライオンがひっかいたのか? なぜそんな…。
密男は振り返り、扉の上のほうを見た。すると扉の上部と壁の間に、ライオンの毛とおぼしきものが挟まっているのを見つけた。

そのとき、密男の脳裏に電撃が走った。
「そうか、正面玄関の扉の上だ! ふつう扉は横から入るものという先入観があるが、ライオンの跳躍力とスピードをもってすれば、扉の上から入ることができるんだ! オラが扉を開けたその瞬間、ライオンは扉の上の狭い隙間から屋敷内に入り込み、音を殺すようにじゅうたんに着地した。その結果、扉の上の隙間にはライオンの毛が挟まり、じゅうたんには爪跡がついたんだ」

ライオンは拍手を送った。
「ご明察ガオ。すっかり密室トリックのことを学んだようだガオ。密殺教室の教師を務めたオレとしてもうれしいガオ」
密男はほめられてご満悦になった、が…。

「密室トリックが無事解けたところで、そろそろおなかがすいてきたガオ」
密男は自分の運命を悟ったかのように、ゆっくりと目をつぶった。
「オラの最後のお願いだ…。オサオさんたち3人には何もしない、と誓ってくれ」
「そうはいかないガオ…。彼らにはやってもらわないといけないことがあるガオ」
「やってもらわないといけないこと…」
密男が聞き返すと、ライオンは答えた。

「フライドポテトを作ってもらわないといけないガオ」
密男は理解が追いつかないという顔をしている。

「さっきトラップのフライドポテトを食べたとき、衝撃が走ったガオ。こんなおいしいものがこの世にあるのか、とガオ。肉よりも断然おいしいガオ。もしかしたら密男の肉からおいしそうな匂いがしていたのは、いつもフライドポテトを食べていたからかもしれないガオ。それなら最初からフライドポテトを食べたほうが効率的ガオ!」
ライオンがまくし立てるように語ると、それに呼応するように密男が言った。
「わかってくれるか! フライドポテトの持つこうごうしいまでの素晴らしさを! 同志よ! これからオラたちは唯一無二の親友だ!」
一人と一匹は熱い抱擁をかわした。

密男とライオンが広間に行くと、そこにはナジオさんの姿があった。レースの隙に、離れから屋敷まで来たのだ。殺されそうになったナジオさんと、殺そうとしたヤキコさん。緊張した空気がその場を支配していたが、ライオンが登場すると緊張は別種のものに変わった。密男が「ライオンは危害をくわえるつもりがない」と伝えて、当のライオンがフライドポテトをおいしそうに食べ始めると、いぶかしがりながらもその場の皆は、本題の会話を始めた。

最初に口を開いたのはオサオさんだった。
「ヤキコさんに説明してあげなさい。なぜあの日女性と一緒にいたのかを…」
そうすると、ナジオさんは意を決したように声を震わせながら語り始めた。
「あの日はたしかに女性と指輪を探していたんだ。ただ、その女性はただの姪で、相談に乗ってもらっていたんだ…。アクセサリーとかに疎いもので、何を選べばいいのかわからなくて…」
ナジオさんは、ヤキコさんのほうに近づくとひざまづき、強く握りしめた手を前に突き出した。

「改めて言わせてください、ヤキコさん。僕と結婚してください」


そう言って差し出した箱の中には、オニオンリングの形をした婚約指輪が入っていた。
ヤキコさんが世界で最も好きな食べ物「オニオンリング」、それを模した指輪。それはまるで前に描いたオニオンリングのイラストをそのまま流用したかのように精巧な作りだった。

ヤキコさんは嗚咽混じりになりながらつぶやく。
「でも私は勝手に勘違いして、あなたを殺そうと…そんな女をあなたは許してくれ…」
ナジオさんはその言葉をさえぎるように、ヤキコさんを抱きしめて言った。
「君は、寝ている恋人の額に『肉』と書いただけ。それだけだよ。そんなかわいいイタズラを許さないはずがないだろう?」

ヤキコさんの泣く声が屋敷中に響き渡る。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
そう繰り返すヤキコさんをナジオさんは、
「その涙はオニオンリングを作るときにとっておいておくれ」
と言ってなだめたのだった。

「…なあ、あの指輪センスひどくないかガオ?」
二人の様子を眺めていたライオンがフライドポテトを頬張りながら、密男に語りかけた。
「おいおい、百獣の王といえど言っていいことと悪いことがあ…」
と密男はそう言いかけて、その目を疑った。窓の向こうにライフルを構えた人がいて、そして…。

「ライオォンッ!!!」
密男はライオンに駆け寄った。突き破られた窓からは警官たちがぞくぞくと広間へと入り込んできた。

「皆さんご無事ですか? ライオンがまだ生きているかもしれません!! 離れてください!!」
警官隊が呼びかけたが、密男はそれよりも大きな声で
「近づくな!!!」
と叫んだ。

「…せっかくわかり合えたと…思ったのに…なぜこんな…」
密男は深紅に染まったライオンを抱きかかえながら、大粒の涙を流した。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

~3カ月後~
 
 
 


密男は超スピードで、せっせとチラシを配っていた。密男が新しく設立した探偵事務所を宣伝するためのものである。1000枚ほど作ったチラシは5分ほどですべて配り終わってしまった。もう少したくさん作っておけばよかったな、と思いながら密男は雑居ビルの3階にある探偵事務所に戻った。

揚げたてのフライドポテトの匂いがする。

「いっぱい作ったから密男も食べていいガオ」
ライオンが振り返りながら言った。

ライオンはフライドポテトにケチャップをかけようとしたが、力を入れすぎたのかケチャップが周りに飛び散ってしまった。
あわてるライオンの毛をぬれ布巾でふきながら、密男は語り出す。
「飛び散ったケチャップを見るとあの日のことを思い出すな。ライオンにライフルを向けられたときはどうなることかと思ったけど、なんとかごまかすことができた…」

あの日、密男はライフルから撃ち出された弾丸を超スピードで止めた。
しかしそれだけでは、まだライオンが警察や世間に追われてしまうと考えて、その「死」を偽装することにした。

密男はライオンを説得し、死んだふりをさせ、その場にあったありったけのケチャップをライオンの体や床にぶちまけた。
約120デシベルの声で「近づくな!!!」と叫んで、ライオンに周囲の人間を近づけないようにさせて、台所から持ち出したタマネギを自身の目にこすりつけて、大粒の涙を出して泣いているふりをした。
これらの一連の動作はすべて人の目には見えない超高速で行われた。
そのあと、ライオンを地面に埋めたふりをしたり、床に飛び散ったケチャップをふいたりして、証拠もすべて隠滅した。

「なぜ、そこまでしてくれたガオ」
ライオンが尋ねると、密男は
「唯一無二の親友だからに決まっているだろう」
とこともなげに答えた。

密男の子どものころの記憶が戻ったわけではない。ただ一人と一匹はまた親友に戻ることができた。それは記憶に左右されない、密男の根っからの性格のおかげなのだろう、とライオンは思っていた。
密男とライオンが、このあと密室トリック専門の探偵として大活躍するのは、また別のお話である。



<完>

===================
なんやかんやで、3年間ほど(3カ月に1回のペースですが)書き続けていた、額に肉の字事件が完結いたしました!
(^O^)/ヤンヤヤンヤ
なにか密室の話からはずれることが多かったような気もしますが、お読みくださったかたありがとうございました。

最後に一つお願いです。
これからライオンを飼うことを予定している人は、エサとしてオニオンリングを与えるのは控えてください。ネコはタマネギを食べると中毒症状を起こしてしまうと言われています。なので、ネコ科のライオンも危ういかもしれません(詳しくはわからないので、近くでライオンを飼っている人などに聞いてみてくださいね)。

それではまた(^O^)/!!!
===================