どうも(ケ)です。

20世紀初めの米国、「ニューヨーク・ワールド」紙日曜版「FUN」のコーナーでは、毎週さまざまなパズルを載せていました。
それを担当していたアーサー・ウィンが、1913年12月21日号に載せた新たなパズル「Word-Cross」。これが世界初のクロスワードパズルだと言われています。
この新種パズルは発表されるやいなや大人気となり、翌週には第2弾が掲載されました。そして翌年1月11日号では「Cross-Word」という名前に変わり、クロスワードの歴史が始まったのです。

このクロスワード誕生の話、この「クロスワードのいろいろ話」でもとっくにした気になってたんですが、まだちゃんと扱っていませんでした。年度の切り替わりの4月でもありますし、初心に返るという意味で、この場を借りてさらっと触れてみました。

さて。
クロスワード誕生の少し前、19世紀後半から、欧米ではパズルを楽しむ文化が根付いていました。サム・ロイドやヘンリー・デュードニーといった、歴史上名高いパズル作家が活躍したのもこのころ。
このパズル文化の中、クロスワードパズルは生まれてきたわけです。

クロスワードの前身といわれるものに「ワードスクエア」があります(下図参照)。
ワードスクエア、それぞれの単語にヒントを付ければすぐにもパズルになりそう。ですが、そもそもワードスクエアって、そんなに簡単には作れません。入る言葉は小難しいマイナーな単語になりがち。答えの盤面を作るのも、解かせる問題として仕上げるのも大変だと思います。

「ワードスクエアをあれこれいじっていて、ついに7×7まで行ったことがありましたが、それより先は無理でした」(『遠山顕のクロスワードの謎』遠山顕 NHK出版 より引用)とアーサー・ウィンも語っていたそうで。

そもそもワードスクエア、千数百年の歴史を持っています。最古のワードスクエアは、古代ローマの時代にまでさかのぼれるのだとか。逆に言えばそれだけ歴史があり多くの作品が作られたとしても、一般的に楽しまれるエンタメにはなり得なかったわけで。
アーサー・ウィンは悩んだあげく、ワードスクエアを改造して新たなパズルを生み出そうと思いつきます。

「語の間に黒いマスを置き、ヒントとして定義を書き、そうやってクロスワードが進化していったのです」(前掲書より)

そして完成したのが、上にも出したワードクロス。
ワードスクエアに黒マスを加えて、作りやすく解きやすいものに作り替えたことで、クロスワードは万民に受けるエンタメコンテンツとして誕生できたのでした。ワードスクエアがワードスクエアのままでは、一般化も普及も無理だったのです。

そしてもう1個、大事な点。
アーサー・ウィンは「盤面を用意する」というスタイルを生み出したのです。
『遠山顕のクロスワードの謎』でも「アーサーのもう一つの偉大なアイデア、それは、すぐさま鉛筆を手に取り書き込みたくなるような、空白の書き込み用マスを提示したことです」「ヴィクトリア朝のパズルファンの「遊び場」は「脳の中」にありました。それを新世紀のファンの「目の前」に提示したこと自体が、アーサー・ウィンの一大発明だったと筆者は考えます」と書かれています。

「盤面を用意する」って、すごく当たり前のことにも思えます。盤面が用意されていなければ、どこにどう言葉を配置すればよいのか分かんないわけですし。
でも、ロイドやデュードニーらが全盛期だったころのパズルを振り返ってみると。
当時、紙に書くことで解き進めるパズルは少なく、主流だったとはいえないのです。迷路や魔方陣、ふくめん算や虫くい算などの例はあるにはありますが、クロスワードのようにはっきりした「盤面」のあるパズル、あまり多くは見受けられません。
「盤面を用意する」のは確かに斬新なアイデアだったみたいです。

さらに。
ロイドやデュードニーなどによる数々の名作パズル、現代まで残っていますが、名作であればあるほど、同種の問題は量産しにくい。どうしても焼き直しになってしまいます。言い替えれば、当時のたいていのパズルが、問題ごとにそれぞれジャンルが異なる、1問こっきりの単発パズルだったのです。
それに対してクロスワードパズルは、共通ルールと共通フォーマットの盤面を用いた問題を量産することができます。
ここもクロスワードパズルの特徴に数えられる点でしょう。
鉛筆を使い紙の上で解く、量産可能な定型パズルは、クロスワードに始まるといっても過言ではないと思います。

クロスワードは、共通ルールで量産可能、サイズや難易度、ターゲットの調整もしやすいパズルとして登場しました。それにより、多くの解き手へ向け、多彩な問題を潤沢に、かつ持続的に供給可能となりました。
この「持続可能」であることは、クロスワードを一過性のブームに終わらせず、百年を超える息の長いエンタメとするためにとても重要な要素だったと私(ケ)は考えております。

「鉛筆を使い紙上で解く定型パズル」、われわれになじみの深い言葉にするならばペンパすなわちペンシルパズル。リトゥンパズル(written puzzle)ともいわれますね。
ペンシルパズルは「盤面が用意されていてそこに書きこんで解いていくパズル」と定義できそうなほど、盤面が重要な要素となります。ということは、ペンパ誕生の種をまいたのも、やはりアーサー・ウィン。社会にクロスワードが定着することで、ペンシルパズルというジャンルが切り開かれていったのです。
アーサー・ウィンは、クロスワードの産みの親であると同時に、ペンパの祖でもあったといえないでしょうか。

今回も最後にクロスワードをどうぞ。お楽しみいただければ幸い。
解き終わった後、対角線をたどってみてくださいませ。

それではまた次回。