どうも(ケ)です。
1981年6月のことでした。平凡社の雑誌『太陽』7月号が発売されました。
創刊十八周年記念特大号と銘打ったこの号の特集は「パズル200集」。
ルービックキューブが大人気となってから約1年、一大パズルブームが起こっていた時代でした。
当時の私は、中学校の図書室でこの号を見て驚愕。帰宅してすぐさま書店へ行ったのを覚えています。ちなみにこの号は特別定価920円。文庫本の多くがまだ2百円台だった時代、小遣いが少なかった中学生としてはなかなか思い切った買い物でした。
そしてこの『太陽』パズル特集号は、私のその後の人生をきわめて大きく動かした一冊となりました。同じような体験をした同時代の人、パズルがらみの人の中にけっこういるんじゃないかなあ。
目次に並ぶ寄稿者を見ると、井上ひさし、種村季弘、中井英夫、泡坂妻夫、井沢元彦、高木茂男など、すごい名前が並んでいます。各種数理パズルを出題しているコーナー「パズル大問題集」の解説・出題者には、中村義作、片桐善直、丸尾学などをはじめとするパズルの大家の名前がずらずら。
特集は、迷路・だまし絵・玩具と大きく三つに分かれ、それぞれ遺跡パズル・美術パズル・おもちゃパズルという扱いになっています。私はエッシャーや安野光雅が大好きだったので、だまし絵のページにはひどく圧倒されました。と同時に、玩具のページに並ぶさまざまな立体パズルに心躍らせました。世の中にはこんな魅力的なものがあるのか、実際にこれらを手に取ってみたい、と熱望したものです。
今になって見返してみると、この当時の各種立体パズルのカタログのようにもなっていて、資料的にもずいぶん貴重な特集号だなあ、と思います。ルービックキューブの発売元・株式会社ツクダ社長へのインタビューも載っています。「パズル大問題集」では、古典パズルや虫食い算ふくめん算、魔方陣や論理パズル、浮き出し迷路などなど多彩なパズルが載せられています。ビッグネームが並んでるだけのことはあります。
さて。
このように、広範なパズルの世界を紹介していた、この『太陽』なのですが。
クロスワードの姿は、まったくありません。
この号では、パズルの歴史はもちろん、暗号や言葉遊び、なぞなぞにまで話題が及んでいるのですが、クロスワードにはまったく触れられていません。それどころか、クロスワードという単語そのものさえ、誌面にはいっさい登場していません。それを確認するために何度も読み返しました。
「パズルといえば」という質問に、クロスワードかジグソーか、どちらかが答えとして帰ってくる時代もあったのですが、その答えの一方であるジグソーパズルにはちゃんとページが割かれています。
なんでこういうことになったのか。
執筆者たちがクロスワードを入れ忘れた、という可能性は低そう。確かに時代的には、クロスワード雑誌が世にあふれる少し前ではあります。しかし、丸尾学さんは、ニコリの創刊準備号を知ってお手紙をくださり、2号からは寄稿しているくらいですし、クロスワードも載せていたニコリ本誌の存在は当然承知していたでしょう。パズルの歴史に詳しい高木茂男さんなら、大正時代のクロスワードブームをご存じでもまったく不思議はありません。
だとすると。
クロスワードがこの雑誌に現れていないのは、なにかの確かな意図があったため。そう考えるほうが自然ではないでしょうか。
素直に考えるなら。
クロスワードがこの号で扱われていないのは、「クロスワードはパズルではない」と見なされたためかもしれません。
クロスワードのヒントは、クイズの形式で出されることが多い。だからクロスワードはクイズの一バリエーション、クイズのカテゴリーにあると見られる場合がままあります。クイズそのものではなくても、パズルよりはクイズに近いものだ、という意見も出ることがあります。
「クロスワードはクイズであって、パズルではない」という見地に立つと、『太陽』のパズル特集号にクロスワードが現れてこないのも、うなずける部分があります。
この特集に、なぞなぞが出ていてクイズは出てきていないのも、象徴的です。
あえて大胆に断言しますが、クイズは知識を使って答えるもの、なぞなぞはトンチやひらめきを使って答えるもの、という違いがあるのではないでしょうか。
パズルは、知識で解くものではなく、論理的思考やトンチ、ひらめきなどを用いて、頭を働かせて解くもの。そういう考えに立ったなら、やはり「クロスワードはパズルではない」と見なされるのもありえるかなと思います。
この特集は、まだパズルについての共通認識ができていなかった時代に「パズルとはなにか」を説明する企画です。
パズルの説明をする際に、クイズに近いものを例に挙げては、説明される側に混乱や誤解を起きるでしょう。だから、読者に対する配慮と善意によって、クロスワードはこの特集では取り上げられなかったのではないか、と私は考えています。
念のために言っておきますが、私自身は、クロスワードは「単なる知識だけでは解けないようにもなりうる」と考えています。それゆえに、クロスワードはパズルに分類すべきものだ、と見なしています。
というよりは、パズルの枠組みを狭いものにすること自体に反対です。パズルは、意外となんでも入れられる、広くて奥の深い柔軟なカテゴリーだ、と考えているので。
さてさて。
今回も最後にクロスワードを出題。「○○は◇◇ではなくて」というテーマです。
ではまた次回。次回は100年史の補遺になると思います。
(次回は2025年3月26日更新予定です)