どうも(ケ)です。
『パズル通信ニコリ』187号で連載開始した「日本クロスワード100年史」。紙幅が足りずに掲載できなかった情報を、こちらでお伝えしていきますよ。共にお楽しみいただければさいわい。
さてさて。
1925年すなわち大正14年3月に日本に紹介され、とたんに人気のエンタメコンテンツとなったクロスワード。多くの人々が、クロスワードを楽しみクロスワードに夢中となりました。その様子を、当時の新聞や雑誌などの記事を引用して紹介していこうと思います。見出しやキャプションなどは適宜現代仮名遣いに直しています。
クロスワードは、いろいろな新聞広告の懸賞問題として登場しました。まずはそれらをご紹介。
下に挙げたサクラビールの広告は、懸賞広告の中では早い部類。クロスワード登場からまだ2カ月なのに「方法は皆様好く御存じの事と思ひます」と説明文に書かれています。流行のほどがうかがえますね。
見かけがちょっと変わったクロスワード広告をいくつか紹介。
マス目の中にイラストを入れたり、イラストの中にマス目を埋めこんだり、盤面でいろいろと遊んでみてますね。
この年に創刊したクロスワード雑誌の『クロスワード世界』(クロスワード世界社)の広告では「最新考案絵クロスワード」と銘打った絵ヒントクロスが登場しています。クロスワードの専門誌だけに、ひと味ちがうところを披露したかったんでしょうね。
盤面でアピールするために、黒マスで文字を書いちゃったのもありますよ。
これだけ人気なのですから、当然ながら懸賞応募の手紙が山をなします。この中から見事当選するのは、ものすごく狭い門ですねえ。
当時のアサヒグラフでは、クロスワードを「クロス・ヲード」と表記していたんですね。
日本での流行の1年前、クロスワードの生まれ故郷の米国でも、クロスワードブームが再燃していました。そのブームに浮かれた人もたくさんいたみたいです。クロスワード柄が米国で流行している、というニュースは日本人にどう受け止められたんでしょうね。
アメリカ人が浮かれちゃうんだから私ら日本人も浮かれていいのさ、ということかしらん。もちろん日本人も浮かれました。浴衣地の柄にクロスワード登場です。
毛糸店によるクロスワード柄の編み物教室もあったそうです。市松模様の変わり種という感じで受け入れられたんでしょうかね。
さらにはクロスワード踊りなるものも登場。
大正15年には、三枝源次郎監督の映画『クロスワード成金』も公開されています。ホニャララ成金というのは、第一次世界大戦での「戦争成金」にちなんだ言葉らしいのですが、パズルはきな臭くならないで欲しいなあ。
さて、最後にクロスワードの問題をどうぞ。
大正14年(1925年)のできごとがテーマの問題。こんな年だったのですよ。
クロスワード流行の背景には、1年半前に起きた関東大震災からの復興の中、少しでも心休められる遊びや楽しみが求められていたのかも、などという思いも浮かびます。
パズルは楽しまれてこそ意義がありますから、多くの人の心をいやしたのならば、すばらしいことなのでしょう。
今回の記事を書くにあたり、「朝日新聞クロスサーチ」「ヨミダス」といった新聞記事のオンラインデータベースがとても役立ちました。最近ではこの種のデータベースを利用できる公共図書館も増えていますので、興味をもったかたはご自分でも調べてみてはいかがでしょう。いろいろな発見があると思いますよ。
ではまた次回。
(次回更新・2024/7/31予定)